| ラファエロ・サンティ |
| (1483-1520) |
| イタリア 盛期ルネサンス |
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| 1509年まで | ヴァチカン宮 | 1510年〜1520年(フィレンツェ)(ウンブリア) |
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| ≪ヴァチカン宮≫ 署名の間 |
ラファエロは、法王ユリウス2世より、天井の寓意画に対応するように、4周の壁面に歴史的な物語を描くよう命を受けた。
「神学」と「哲学」は真理。「正義」は善。「詩」は美にかかわっている。
これは当時イタリアの新プラトン主義の影響で、人間精神の根本をなす真・善・美の三理念を形象化するものである。
また要請は、当時、ローマ教会は、ギリシア的理想とキリスト教的精神との普遍的な調和を目ざしていたので、それにふさわしい表現である必要があった。
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| (側壁) |
| 聖体の論議 |
| 1509-10 818 x 588 cm |
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「神学」に対応する。
上部の雲の上は栄光を表し、地上には聖体の秘跡について論議する信仰者たちが描かれている。
上部の中央のアーチ(祭室コンカ)の上には父なる神が表わされ、そのアーチの中にキリスト、左がマリア、右は洗礼者ヨハネ。
三人の足元には神秘のハトと福音書を見せる四小童。
左右には旧約の族長、予言者、新約の使徒その他が座っている。
左から、聖ペテロ、アダム、福音書記者ヨハネ、ダヴィデ、聖ステファヌス、予言者エレミア、マカベオのユダ、聖ラウレンティウス、モーゼ、聖マタイ、アブラハム、聖パウロ。
地上:聖祭壇を中心に法王、司教、神学者たちが描かれている。聖祭壇は救世主の聖体の象徴。
左端頭部がフラ・アンジェリコ、本を見せているのは建築家ブラマンテ。祭壇を指さしている青年はユリウス2世の甥フランチェスコ・マリア・デラ・ロヴェーレ。聖祭壇の近くで足元に書物を置いているのはユリウス2世。
右側、中央右寄りには詩人ダンテ。
ラファエロはわずか26歳であった。
教会の勝利を象徴する歴史上の人物を、風貌、動作まで描き上げた。驚異的と言っていいと思う。
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聖ペテロ、アダム、福音書記者ヨハネ、ダヴィデ、聖ステファヌス |
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予言者エレミア、マカベオのユダ、聖ラウレンティウス、モーゼ、聖マタイ、アブラハム、聖パウロ |
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左端頭部がフラ・アンジェリコ、本を見せているのは建築家ブラマンテ。祭壇を指さしている青年はユリウス2世の甥フランチェスコ・マリア・デラ・ロヴェーレ。聖祭壇の近くで足元に書物を置いているのはユリウス2世。 |
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詩人ダンテ |
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アテネの学堂  |
| 1510-11 |
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ヴァティカン宮の「署名の間」にあるフレスコ。ラファエロがはじめて手がけた、大規模なフレスコ画である。このとき、ミケランジェロは、システィナ礼拝堂で天井画を描いていた。
アテネの学堂は「哲学」に対応する。
ブラマンテのサン・ピエトロ大聖堂の設計図を見て、その完成の姿を予想しながら描いたと言われている。
広々とした大聖堂の中で、アジア、ギリシャ、スコラの哲学者、科学者など50人以上が描かれていて、それぞれが論議したり、思索したりしている。 |
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中央にいる二人は、プラトンとアリストテレスである。プラトンの哲学は抽象的、理論的であったので、天を指さしている。レオナルド・ダ・ヴィンチがモデルである。
ここでプラトンは『ティマイオス』を手に持っている。
アリストテレスは、現実的な自然哲学、経験哲学であったので、手を地上と同位置に向けている。『エティカ』を持ち、実践哲学を語る。 |
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横顔のソクラテスが、甲冑の美青年クセノフォンなどに教えを説いている。
手前でひざまずいて筆を取っているピュタゴラスの右側で、立ち姿で片足を石に乗せているのはアナクサゴラス。 |
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憂鬱な哲学者ヘラクレイトス。石工の衣服を着ているミケランジェロがモデルである。 |
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紀元前3世紀の数学者ユークリットである。幾何学の定理を説明している。周りは弟子たちである。 |
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数学者ピタゴラスである。ピタゴラスは数学と音楽の擬人像でもある。 |
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画面右上部のニッチにはミネルヴァがいる。メドゥサの首を持っている。
ミネルヴァは平和と防禦を司り、学問の化身でもある。学問や芸術を追求する団体の守護神である。 |
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かがんでコンパスで図を描いているのはアルキメデス。
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右側には、ラファエロの自画像が描かれている。ラファエロの左は画家ソドマと考えられている。
後ろ向きで地球儀を持っているのは、2世紀の天文学者トレミーである。宇宙の中心に地球があると説いた。
その向かい側で天球儀を持つのは、おそらくペルシャの預言者ゾロアスターと考えられている。 |
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左がわ中央で、鎧を付けているのは、マケドニアの王アレクサンダーである。アレクサンダー大王はアリストテレスの弟子であった。
その向かい側で、指をいろんな方向に広げているのが、ソクラテスである。ソクラテスは問答と分析の哲学者である。 |
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左のニッチにいるのは、太陽神アポロである。竪琴を持っている。
アポロは理性と調和の神である。 |
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ギリシャの哲学者エピクレスである。幸福とは精神の喜びを追求することである、と説いた。 |
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ディオゲネスは、所有財産をすべて捨てて、樽の中で暮らした。「犬」とあだ名された哲学者である。
アレクサンダー大王の戴冠式を無視したことで有名である。
アレクサンダー大王が彼のもとを訪ね、自分にできることはないか、と哲学者に尋ねた。哲学者ディオゲネスは「太陽の光をさえぎるのを止めてくれ」を答えた。 |
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パルナッソス  |
| 1509-10 Fresco, 670x453cm |
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「詩」に対応している。
芸術の神アポロンを中心に様々な古代の文学者たちが描かれている。
中央で月桂樹の冠を付け、ヴィオラを奏でているのはアポロである。その周囲には9人のミューズたちがいる。
左側上部のグループには、盲目の詩人ホメロスを中心に描かれている。ホメロスは天を仰ぎながら、詩を吟じているようである。一番左で膝を組んで、ホメロスの詩を聞いているのは、詩人エンニゥス。横顔で描かれているのがダンテである。ダンテの向かい側にいるのは、ラテン詩人ヴェルギリウスである。
左側下部のグループは、左からアルカイオス、テーベのコリンナ、ペトラルカ、アナクレオンである。座っているのはギリシャの女流詩人サフォである。
右側では、腰を降ろしているのがラテン詩人ホラティウスである。ホラティウスの向かい側で立っているのは、サンナザーロ、その左上で口に指をあてているのは、ラテン詩人オヴィディウス。その上部のグループはには、ポッカチオ、アリオストなどがいる。 |
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山頂の詩人たちのグループ
盲目の詩人ホメロスが天を仰いで詩を吟じている。
膝を組み熱心な様子で聞いているのが詩人エンニッス。
その二人の間に『神曲』のダンテがいる。 |
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細部 (ダンテ) |
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抒情詩人たち。
左からアルカイオス、テーベのコリンナ、ペトラルカ、アナクレオン。自分の名を書いた巻物を持っているのはサフォ。 |
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細部 (ミューズ) |
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| 署名の間 天井 |
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署名の間の天井には、神学、哲学、法律、詩の象徴像を描いた。
象徴像を注釈するものとして、寓意的な物語を描いている。新プラトン主義に基づくものである。
フィレンツェ派の造形的な伝統と、ラファエロ独特の調和のある盛期ルネサンス古典様式を確立している。 |
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| 哲学 |
| 1509-11 Fresco, diameter 180 cm |
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| 宇宙の瞑想 |
| 1509-11 Fresco, 120 x 105 cm |
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| 詩 |
| 1509-11 Fresco, diameter 180 cm |
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| アポロンとマルシュアス |
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| 神学 |
| 1509-11 Fresco, diameter 180 cm |
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| アダムとイヴの原罪 |
| 1509-11 Fresco, 120 x 105 cm |
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| 法律 |
| 1509-11 Fresco, diameter 180 cm |
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| ソロモンの審判 |
| 1509-11 Fresco, 120 x 105 cm |
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| ≪ヘリオドロスの間≫ |
| (天井) |
| 燃える柴・ヤコブの梯子・ノアの前に現れる神・イサクの犠牲 |
| 1513-14 |
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| (側壁) |
| 神殿から放逐されるヘリオドロス |
| 1511-12 |
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| ボルセーナのミサ |
| 1512 フレスコ、底辺 約660cm エリオドロの間 |
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1263年、中部イタリアのボルセーナの聖堂で起った奇跡を描いている。
ボヘミア出身の若い司祭が、ミサを行っていた。すると聖体のパンから血がしたたり落ちてきた。この司祭は、教義の化体説にかねてから疑いを持っていたが、このことで、化体説の真理を確認した。
祭壇の左側が若い司祭である。聖餅を驚きながら見ている。向かい側は法王である。奇跡を見守っている。法王はユリウス二世の肖像になっている。
右側の階段には、スイスの法王擁護兵たちがいる。左側は奇跡に驚く女子供たちである。
ラファエロはこの絵で、ヴェネツィア派の豊な色彩効果を採用している。同じ年にラファエロはローマのファルネシーア荘に『ガラティア』を描いている。このとき同じ場所で仕事をしていたのが、ヴェネツィア出身のセパスティアーノ・デル・ビオンポであった。ファラエロは彼からヴェネツィア派の色彩描写を学んだものと思われている。 |
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| 聖ペテロの解放 |
| 1514 |
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| アッティラと大教皇レオの会見 |
| 1514 |
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| ≪ボルゴ火災の間≫ |
| ボルゴの火災 |
| 1514-15 |
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847年に起った火災を、法王レオ4世が祈祷によって消し止めた、という奇跡を描いている。
「ユリオドスの間」を描き終えた後、この「火災の間」に取り掛かった。「署名の間」の前室である。
1514年から17年までかかり、ラファエロは同時に、サン・ピエトロ大聖堂の造営主任になり、1515年に古代遺跡発掘の監督官にもなっている。
新法王レオ10世やその側近、枢機卿からも寵愛され、肖像を描くかたわら、「火災の間」の壁画も手がけていた。 |
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| オスティアの戦い |
| 1516-17 |
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新興トルコ帝国への対抗を寓している。 |
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| カール大帝の戴冠 |
| 1516-17 |
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| 1509年まで | ヴァチカン宮 | 1510年〜1520年(フィレンツェ)(ウンブリア) |
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