ブロンズィーノ
1503-1572)
イタリア   マニエリスム

愛の寓意
c. 1540-45
Oil on wood 146 x 116 cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー  National Gallery, London
題名にヴィーナスとかキュピッドなどとあるので、ギリシャ神話が主題の絵画だと思ってしまうのは間違いである。

まずは、絵画をよく見ながら、読んでいっていただきたい。ヴィーナス風の女性がキュピッドから矢を取り上げている。もう一方の手には、球形の果実を持っている。イヴが楽園でとって食べてしまった禁断の果実である。

母親であるヴィーナスが、息子のキュピッドと抱き合うのは奇妙である。しかし、二人は恋人同士にしては年齢的に見ても、やはり、不自然なのである。何か、妖しい艶が漂っている。

当時、宮廷で流行っていた、貴婦人と小姓などの、身分違いの恋という、宮廷的恋愛遊戯の香りである。

キューピッドの足元にいる、つがいの鳩は恋の愛撫を意味する。キュピッドが膝をついている赤い枕は、怠惰と好色。りんごは禁じられた愛の寓意である。

二人は「悦楽」の寓意像なのである。

右側の男の子はバラを手にしている。「はかない快楽」の意味である。彼の足元には、仮面が落ちている。仮面は不誠実、偽りを表す。

二人の快楽には、偽りがある、ということである。


男の子の後ろに、綺麗な少女がいる。しかし、彼女はよく見ると怪物なのである。

胴体にはうろこがあり、尻尾がある。手にはミツバチの巣を持っている。もう一方の手にはさそりを隠し持っている。

甘い蜜を差し出す一方で、毒を用意しているのである。

よく見ると、手が変である。左右が入れ替わっている。右手だと思ったのが左手で、左手だと思ったのが右手になっている。

西欧では右は正義を表し、左は邪悪を表す。左右を入れ替えるトリックは、正と邪をごまかしているのである。

この怪物は「欺瞞」の寓意像なのである。


キューピッドの後ろでは、醜い老婆が髪をかきむしり、なにか叫んでいる。「嫉妬」の寓意である。


ヴィーナス風の女性と、キューピッド風の少年を覆い隠していた、青のヴェールを剥ぎ、目をむき出している老人は、「時」の擬人像である。

この世で最も強いものは「愛」である。その「愛」より強いのは「死」である。「死」より強いのは「名声」であり、その「名声」さえ滅ぼすのは「時」である。つまり、最強なのは「永遠」なのである。

「時」が老人なのは、年月の経過を表し、翼をもっているのは、「時」が速く飛んでいくからである。背中に背負っている砂時計は「時」の付属物である。

「時」の老人の向かい側には、無表情な女性がいる。最近の修復によって、明らかに、仮面をつけていることが判明した。

従来、「時」と対になって描かれるのは「真理」の擬人像であった。

「時」が「真理」のヴェールを剥ぐ、のである。

しかし、この絵では、「真理」に仮面がかぶされ、ヴェールが剥がされているのは、淫らな愛の像の二人なのである。

「真理」は、「時」がヴェールを剥ごうとするのを、手伝っているようにも見えるし、止めているようにも見える。

従来の解釈では、嫉妬にあふれ、快楽にふける、欺瞞に満ちた男女を、「時」が剥いで、「真理」のもとに暴こうとしている、というものであった。

しかし、この絵では、その「真理」が仮面をつけていることが判明したのである。

その真理も虚偽なり。

いったい何が真理なのか。道徳観、倫理観の薄れ。当時のこういった、宮廷生活への批判が込められている絵なのである。
参考文献:参考文献: 『絵画を読む』 若桑みどり著 日本放送出版教会

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