| ルネサンス以前 |
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ジョット以前の絵画 最初の絵画→古代世界→初期キリスト教美術と中世美術 |
| ゴシック美術 初期ゴシック | 国際ゴシック | 北方ヨーロッパ、絵画の革新 | 後期ゴシック |
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中世の暗黒時代を抜け出し、繁栄の時代をむかえた。騎士の時代でもあり、建築の時代であった。 |
| ルネサンス (15世紀〜16世紀) 初期ルネサンス | ヴェネツィア | 盛期ルネサンス | マニエリスム |
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フィレンツェでの商業の発達は、読み書き算術の学問を広げていった。そしてエリートたちが生まれ学問・芸術は頂点へと向かう。リナシタ(再生)の時代。フィレンツェは新しいアテナイであったが、キリスト教徒でもあった。古代ギリシャ・ローマの古典とキリスト教を融和させていきながら、再生ではなく、近代人を生んでいった。 |
| 北方ルネサンス デューラーとドイツ肖像画 | 北方マニエリスム | 北方風景画 |
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イタリアの画家は新しい方向へと進んだが、北方の画家たちはまっすぐに進んでいった。ゴシックの最終段階と見るが、それは侮蔑的な意味は全くない。北方では中世はゆっくりと終りを迎えた。イタリア人たちはその高度に完成された自然模倣を賞賛した。 |
| バロック (17世紀) イタリア | フランドル | スペイン | オランダ | フランス |
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数学や科学も複雑化していき、一人の人間が同時に芸術家、人文主義者、科学者といったレオナルドやデューラーのような万能の天才は現れなくなる。コロンブスの大胆な探検の後、植民地開拓者が続いた。ルネサンスの劇的な発見を着実に発展させ、今日の技術や科学進歩の基礎を築いていった時代。 |
| ロココ (18世紀) 1715年〜1774年 |
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形式ばって堅苦しい、威圧的な壮麗さがあったルイ14世が他界。ルイ15世の時代になり、フランスの宮廷が息抜きした時代。貴族たちは強制的にヴェルサイユ宮殿に住まわされていたが、ルイ15世の時代になるとそれぞれがパリに優雅な邸宅を建て始めた。このような新しい邸宅はロココ様式とかルイ15世様式と呼ばれた。 |
| 新古典主義 (18世紀中頃〜19世紀初め) イギリス | スペイン | フランス |
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ロマン主義と新古典主義を分けるのは困難がある。ロマン主義は様式ではなく心の在り方であり、概念であるから。ロマン主義時代における古典主義の復活を新古典主義と呼ぶ。初期は啓蒙主義思想と結びついていた。フランス革命、第一共和制、帝政、王政復古の時代を通じて政府が容認した公の様式でもある。 |
| アカデミック・アート (19世紀) |
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フランス、芸術家のエリートともいうべきアカデミー美術学校。新古典主義との繋がりが強く、その技術水準の高さは再評価が進んでいる。 |
| 浮世絵 江戸時代 (1600年代〜1867年) |
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広重 北斎 |
| ロマン主義 (18世紀後半から19世紀中頃) |
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アメリカ・フランスにおける政治革命、科学と大量生産、過激なまでに変化の時代を作り上げていった。
確立された秩序、儀礼的・人口的になりすぎた生活。自然から離れてしまったという思いから出てくるのは自然崇拝であった。社会の慣習を無視し、自然にの状態で自由に生きたいとする人々が現れる。それは不道徳で無気力な貴族たちとは正反対に位置する。古代ギリシャ、中世、アメリカ大陸の大自然、東洋の王国などが注目を浴びる。キリスト教の信仰が愛国心へと変化する時代でもあった。 |
| ラファエル前派 (1848年〜19世紀後半) |
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ロマン主義の時代であったが、イギリスで軽薄な芸術と戦うとしてラファエル前派が現れた。現代文明の病、社会問題を提示していこうという強い衝動があった。 |
| 印象派 (1860年代〜1880年代) 写実主義 | マネ・ドガ、その影響 | 印象派 | アメリカのヴィジョン |
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19世紀半ば、新しい機械が大量に安い商品を生み出していった。しかし人間の悲惨も同時に生みだしていた。低賃金工場労働者は技術も持たず貧民窟に住むようになる。機械は祝福の対象であったが、同時に呪いの対象でもあった。秩序は不穏なものとなり、労働者は民主社会を強く求めた。
周囲の問題から逃避していた芸術家たちはリアリズムを求めだした。 |
| 後期印象派 (1880年代〜1900年) 後期印象派 | 象徴主義の影響 | ナビ派 |アールヌーボー |
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1880年代から90年代にかけて新しい動きを取る取り始めた。反印象主義ではなかったので後期印象派と呼ぶ。 |